相続放棄の影響と留意すべきこと

「この預金は息子が放棄すると言ってくれたから自分の預金として手続きが出来る」

他の相続人が放棄すると言ったのであとは自分一人で全て手続きが出来ると考えがちですが、所定の手続きを行わないと思わぬ問題が発生する場合があります。

第1講 相続放棄の影響による問題

相続放棄が成立すると、その相続人は初めから存在しなかったものとされます。

亡くなった方に借入金がある場合、相続放棄すれば良い、と言われるのはこのためです。

つまり相続放棄によって初めから存在しなかったものとして扱われますので財産を受け取る事がないという意味で、借入金も相続財産として受け取ることがなくなるわけです。

例を挙げて説明します。

(事例1)

Aが亡くなり配偶者Bと子2名C、Dの計3名が相続人となる場合です。

このとき、子Dが相続放棄をすると、相続人はB、Cの2名となります。

子Dに子供Eがいたとしても、Dは初めから存在しなかったのですから相続権がEに移ることもありません。

その結果Aに借入金があった場合、それを相続するのはBとCだけで、DやEには一切関係ないものとなります。

問題は、相続権が思わぬ方に移る事がある点です。

相続権は

第1順位者:配偶者と子

第2順位者:配偶者と父母

第3順位者:配偶者と兄弟姉妹

の順で取得され、例えば子と父母(第1順位の人と第2順位の人)が相続権を取得することはありません。先ず第1順位の人、第1順位の人がいなければ第2順位の人という具合に移って行きます。

なお配偶者は常に相続人となります。

次に相続権の異動の例を挙げてみましょう。

(事例2)

Aが亡くなり、配偶者Bと子2名C、Dがおり、更にAの実母Fが存命している場合です。

放棄がなければB、C、Dの3名が相続人となります。

仮にAに借入金があり、Bが一人で借入金を背負うつもりで子2名に相続放棄をさせたとします。この場合、C、Dは初めからいなかったこととなり借入金を相続することはありません。しかし、そうするとAには初めから子がいなかったこととなり、相続は第2順位の状態で発生したこととなりますので、Aの死亡により相続人となるのは配偶者Bと実母Fになります。

実母であるFならAの借入金の相続も仕方ないと、ご了承されるかも知れません。

では次の事例はどうでしょう?

(事例3)

Aが亡くなり、配偶者Bと子C、Ⅾがおります。

Aの両親は既に亡くなっています。ただ、Aには亡くなった兄Eがおり、Eには子F(Aの甥)がいるとしましょう。生前疎遠だったことからBはFとは年賀状も交換していません。

事例2と同様、Aには借入金があり、Bは自分一人で借入金を背負うつもりで子C、Dに相続放棄をさせました。この場合、C、Dは初めからいなかった事となり借入金を相続することはありません。

しかしそうなるとAは死亡時、配偶者はいるが子はおらず、両親もいなかった事となり、相続人は配偶者Bと兄E、但しEは亡くなっていますので子のFが相続人となります。

貸出先である銀行はC、Dの相続放棄を確認すれば、配偶者Bに借入金の今後の取り扱いを相談すると共に、相続人となったFにご案内文書等で通知する事となります。

Fも突然の通知に困惑し、場合によっては弁護士に相談し、その弁護士から今度はBに連絡が入るかも知れません。そうなったら泥沼です。もはや親族同士では解決できなくなり、事態は複雑化し、とんでもない争族に発展する可能性もあります。

仮にFが銀行からの文書を理解できず放置していたら、相続放棄出来る期間が経過し、知らないまま債務者になっているという可能性もあります。

以上、相続放棄の影響によって生ずる問題の事例を挙げてみました。放棄の影響を認識していないと、取り返しのつかない事態が生ずる恐れもあるのです。

第2講 相続放棄の手続きによる問題

相続放棄は相続人が「放棄する」と言っただけでは効果は生じません。

相続人が家庭裁判所に申請し、受理されることが必要です。

申請できる期間は、自分が相続人となったことを知った時から3か月以内です。

例えば父が亡くなると、子は相続人となりますが、父が亡くなったことを知っていたのに相続人になっている事は知らなかった、等の理由は家庭裁判所には通用しません。

何もせずに3か月経過してしまえば、子は相続となってしまいます。

注意すべきは相続放棄すると言った相続人が、家庭裁判所への申請が必要ある事を知らなかった場合です。

相続放棄は申請期間内に家庭裁判所に受理されて初めて効力が発生します。何もしなかった場合はそのまま相続したものとなります。

例えば相続財産が銀行預金と不動産で、相続放棄の申請を忘れていた場合、放棄を忘れた相続人も相続人として手続きが求められます。借入金の場合も同様です。亡くなった方が例えば住宅ローンの保証人だった場合、保証債務も相続財産として、相続人としての手続きが求められます。

終講 まとめ

相続放棄は相続人本人が申請するものです。申請を忘れることは本人の問題ですが、いざとなると「前もって放棄すると言っていた」「申請が必要とは知らなかった。知っていたのに教えなかったお前が悪い」等とおっしゃって、思わぬ争族に発展することもあります。

申請は個人の問題というものの、その後の影響を考えれば、お手続きについての認識や進捗管理は、相続人同士の十分な意思疎通や注意が必要となります。

なぜ一連の戸籍を要求されるのか?

「名義人が生まれてから現在までの戸籍謄本を準備してください。」

「亡くなった方のお父様とお母様が成人してから、ご本人が亡くなるまでの謄本をお願いします。」

自分の戸籍を見れば、自分が相続人である事はわかるではないか?と思われる方も多い事と思います。なぜ金融機関は相続手続き等を行うときこのようなお願いをするのでしょうか?

まず戸籍謄本についての用語を確認します。

戸籍とは:国民の身分関係(出生、婚姻、死亡、親族関係等)を登録し、公に証明するための公簿

筆頭者とは:戸籍の最初に記載されている者

本籍(地):戸籍の所在場所

戸籍謄本:公簿に記載されている全ての者の記録。戸籍全部事項証明のこと。

少し言い換えてみましょう。

先ず、筆頭者ですが、その戸籍の代表者と考えてください。戸籍はお父様やお母様等の代表者単位で作られています。

筆頭者が、戸籍を置く場所である本籍地を管理する役所(市区町村)に申請することで戸籍が作られます。

戸籍が作られると役所は戸籍に記載されている方から、出生、婚姻、死亡等家族についての届出を受け付ける毎に戸籍にその事実を記録して行きます。これは本籍地がその役所の管轄外となるまで続きます。

役所は本籍地が自分の管轄内にある間は家族について届けられる度に内容を戸籍に記録しますが、管轄から離れた後や、管轄となる前のことは記録しません。管轄を離れた届出内容は、新たに管轄することとなった役所が、新たに作った戸籍に記録して行きます。

この他にも近年では届出の有無に関わらず、戸籍の様式が変更となったことを理由に本籍地管轄役所内で新しい戸籍が作成されています(戸籍の改製と言います)。改製があったときは、改製日前の届出は改製前の戸籍に、改製日後の届出は改製後の戸籍に記録されるため、一連の戸籍を請求した場合、同じ役所から2つの戸籍謄本が発行されることとなります。

つまり戸籍は

①生まれたときに親が役所に届け出た記録が載っているもの

②結婚など筆頭者の届出により作られたもの

③本籍地を管轄する役所が変わったためつくられたもの

④役所の都合上作られたもの   

等があり、各役所は受領した届出を、受領したときに管轄している戸籍にのみ詳細に記録しています。

そのため、相続手続き等を行うにあたって、司法書士や金融機関はその方の一生の間の身分関係を確認し、同意を得るべき権利者から同意を得られているかを確認するため、一連の戸籍を確認する必要があるのです。

定年前の確認事項・雇用保険加入期間

定年後、ハローワークで確認したら、加入していた期間が自分の勤めていた期間と違う!サラリーマンにとって恐ろしい事ですが、それは起こりうることです。

第1講 雇用保険の概略

 雇用保険とは失業他労働者の雇用継続が困難になったとき等、必要な給付が受けられる保険です。サラリーマンなら給与明細を見て頂きますと、保険料は毎月の給与から控除され、労使折半で納付されているはずです。

 雇用保険法では「労働者が雇用される事業」を適用事業とし、「個人経営かつ常時使用する労働者が5人未満かつ農林水産業」を暫定任意適用事業としています。つまり農林水産業以外に従事するサラリーマンなら、適用事業に従事していることになります。

 被保険者は昭和55年当時でも「年収52万円以上で反復して就労し、通常の労働者の3/4以上かつ週22時間以上就労している者」を対象としていますので、通常なら正社員=被保険者となるはずです。

 被保険者である期間は算定基礎期間と言い、雇用保険における様々な給付の要件の1つとされています。

 例えば基本手当(いわゆる失業時の給付)の受給期間です。ハローワークでは算定基礎期間に従って所定給付日数を決め、この所定給付日数によって受給期間を与えています。

 所定給付日数が360日である受給資格者なら1年+60日、330日である受給資格者なら1年+30日の基本手当の受給期間を得られますが、それ以外の所定給付日数である場合は基本手当の受給期間は1年となります。

 転職による自己都合退職や定年を迎えられて退職される方は、被保険者期間が10年未満なら90日、10年以上20年未満なら120日、20年以上なら150日の所定給付日数が与えられますので、基本手当の受給期間は一律1年となります。

 問題は会社都合で離職せざるをなかった方です。会社都合で離職した方が45歳以上60歳未満の場合、算定基礎期間が20年以上であれば330日の所定給付日数が与えられますが、10年以上20年未満であった場合、基本手当の所定給付日数は270日となってしまうのです。

 仮に、被保険者期間が本来20年以上だったのに15年となっていた場合、所定給付期間は本来330日であるのに270日となり、基本手当の受給期間は1年+30日が1年となってしまいます。

 万一基本手当を受給することとなったとき、1年+30日と1年の違いは決して小さなものではないでしょう。

第2講 不一致発生時の対策

 では勤めていた期間と算定基礎期間の不一致はどのように発生するのでしょうか?

 事業主は雇用する労働者が被保険者となった月の翌月10日までに公共職業安定所へ労働者の雇用保険被保険者資格取得届を提出しなければなりません。事業主がこの被保険者資格取得届を行わなかった場合、労働者は雇用保険に未加入とされてしまいます。雇用保険料の徴収時効期間は2年ですから、原則2年を超えて遡って雇用保険料を納めることはできません。

 しかし、そのような場合でも「雇用保険の遡及適用の特例」という制度があります。

①事業主が被保険者資格取得の届出を行わなかったことで雇用保険に未加入とされていた者で

②被保険者資格取得の確認があった日の2年前の日より前の時期に、賃金から雇用保険料を控除されていたことが確認された場合、

この場合に2年を超えて遡って雇用保険を適用する制度が「雇用保険の遡及適用の特例」です。

 この制度が適用されると、厚生労働大臣の事業主に対する勧奨が行われ、事業主は納付していない保険料の納付を申し出ることが可能となります。

 但し、この特例を活用するには、本来支払われるべきであった保険料が事業主によって支払われていなかった事が明らかであることが必要となります。つまりお手元にある過去の給与明細を確認して頂き、賃金から雇用保険料を控除されていた期間がハローワークの記録と一致していない事が明らかであれば、本来の支払がなかった事の証明の1つとなります。

 万が一、雇用保険の加入期間の相違が発見された場合は、先ずは過去の給与明細を確認し、ハローワークや都道府県労働局などに相談されることをお勧めします。

介護資金に対する預金保険制度の活用

預金保険制度とは銀行預金の払出が出来なくなった場合等に預金者を保護し、資金決済の確保を図ることで、信用秩序の維持に資することを目的とする制度です。

皆様、元本1,000万円とその利息は保護されることはよくご存じの様で、銀行には1,000万円までしか預けない、と決めて取引行をどんどん増やされる方もいらっしゃいます。

しかし、取引銀行を増やせばその分管理の手間が増えて行きます。ここでは、

  第1講 預金保険制度の保護の範囲

  第2講 介護資金への活用

という形に講を分けて、預金保険制度の活用方法を考えてみたいと思います。

第1講 預金保険制度の保護の範囲

ここで保護される預金の範囲を確認します。

  ●全額保護される預金:決済性預金

  ●合算元本1,000万円とその利息まで保護される預金:一般預金

  ●保護対象外預金:外貨預金、譲渡性預金等

 決済性預金とは「無利息・要求払い・決済サービスを提供できる預金のことです。当座預金や利息の付かない普通預金が該当します。

 定期預金、利息の付く普通預金、通知預金等の一般預金は合算して元本1,000万円までとその利息は保護されますが、元本1,000万円を超える部分の払戻は破綻金融機関の財産の状況に応じる事となります。

 預金保険の対象外預金等は保護の対象外で、支払は専ら破綻金融機関の財産の状況に応じる事となります。

 一般の方は利息の付く普通預金と定期預金しかお持ちにならない事が多いので、1行当りの元本を普通預金と定期預金で合計1,000万円としない限り、預金全額の資産防衛が出来ません。

 しかし普通預金が無利息型であれば、決済用預金として、その普通預金は全額保護対象となります。普通預金を無利息型に替えることで、普通預金残高は全額保護される上、保護元本1,000万円は満額定期預金に充てることが出来ます。

第2講 介護資金への活用

 ご高齢となっても多くの金融機関口座をお持ちになって運用される方もいらっしゃると思いますが、お歳を召して身体がご不自由になっても若い時と同様に多くの銀行口座を管理するという事は中々骨の折れるものです。万一ご本人の意思確認が出来なくなった場合は、金融機関に払出制限をされてしまう可能性もあります。

 このような事態への対策に、事前に介護施設利用料等を自動振替にしておく方法が有効となります。ご本人の意思が確認できなくなると金融機関は払出制限を行いますが、ご本人の意思が確認できる間に締結した自動振替契約は、通常は払出制限の対象とされないからです。

 また、自動振替口座が無利息型の普通預金口座なら、預入先金融機関に万一の事があっても、その普通預金は全額保護の対象となります。

終講 まとめ

 ご高齢となり施設に入られたお父様お母様の施設利用料を、ご本人の普通預金口座から引き落として頂いている方も多い事と思います。引落口座を無利息型とすることで1,000万円の限度額を気にすることなく預け入れ出来ることは、介護費用等、預金管理方法の1つとしてご認識しておいて頂ければと思います。