委任及び任意後見契約(移行型任意後見)は高齢者にとって有効なツールの1つです。しかし、作成時期を誤ると本来の機能を発揮しない場合があります。
最近発生した事例をご紹介します。
1.作成までの道のり
ご高齢で単身、お子様もいらっしゃらないAさんは呼吸器の病気で病院に搬送されました。現在は呼吸器を装着され、胃ろうも行っているため外出も会話も出来ません。筆圧も弱くなり、文字を書くのも不自由となってしまいました。ただ、意識はありますので首を動かしたり、対話ボードを使ってコミュニケーションを取っています。
会計など病院外のことは妹のBさんがお世話をしていましたが、入院が長くなるにつれ入院費を立て替えて行くのが難しくなってきました。Aさん名義の預金を使おうにも、Aさんは会話も外出も筆記も出来ないため、引き出すことが出来ません。
Bさんが公証人に相談すると委任及び任意後見契約(移行型任意後見)を紹介してくれました。
「『委任及び任意後見契約』があれば意思能力が確認出来る間は代理権が証明できるので、金融機関の窓口で委任及び任意後見契約公正証書を提示すれば手続きが出来る。」
この様に説明されたBさんは、Aさんに説明して委任及び任意後見契約の作成手続きを行いました。委任及び任意後見契約作成には相談から始めて完成まで3か月程かかりました。
公正証書が出来上がると、Bさんは早速銀行に持参しました。
2.銀行の対応
委任及び任意後見契約を受けた銀行はこの様に考えます。
「Aさんは意思能力がある。従って受任者Bさんは委任者であるAさんから代理権を受任している。ならば代理人手続きに則って対応すればよい」
問題はこの代理人手続きです。これは各金融機関で対応がまちまちです。
本人に専用の委任状を書いて頂く銀行もあれば、電話で意思確認をする銀行もあります。
Aさんの場合、筆記は困難で電話を利用することも出来ません。
本件の場合は幸い銀行の職員が直接Aさんの病室を訪問して意思確認を行ってくれることになりました。
3.現実の手続き
ところがAさんの病室を訪れると大きな問題が発生しました。Aさんとのコミュニケーションが出来ないのです。
「銀行の預金を解約しますか?○○へ振り込みますか?手続きはBさんにやってもらっていいですか?」
幾ら呼び掛けてもAさんは職員を見つめるだけで何の反応も示しません。
Aさんは公証人が病室に訪問してから、公正証書を手にするまでの1か月程度の間に認知症が進行して意思確認がスムーズに出来ない状態になってしまったのです。
Bさんも必死に呼びかけますが、十分な反応はありません。
結局、銀行の職員に半日同席してもらい、様態の良いときを見計らって意思確認を行って貰い手続きを行う事が出来ました。
4.法律家の主張をうのみにしてしまう危険性
Aさんの場合は幸い銀行の対応の許容範囲が広かったため手続きを行うことが出来ました。
もし原則的な対応をされた場合、Aさんは意思能力がないものとみなされ、任意後見契約の発効を依頼され、預金の解約は後見監督人が就いてから、恐らくは2~3か月あとになってしまったことでしょう。後見監督人が就くと以降は後見監督人への手数料支払いも発生します。
経済的な負担はますます切迫したものとなっていた事でしょう。
本件の問題点は何だったのでしょうか?それは相談した相手が『法律の』専門家だったことです。
無論、法律に則った手続きは必要です。しかしご高齢で入院して、既に会話もできなくなっているAさんが委任及び任意後見契約を作っても、公正証書が完成したときには既に委任契約では対応出来なくなっている可能性は充分に予想できます。
いつ、どの様なタイミングなら「委任及び任意後見契約」が有効なのか、この点は『現場実務経験』の乏しい『法律の』専門家の盲点です。
確かに「委任及び任意後見契約」は有効な手段の1つではあります。しかし相談者の置かれている状況は百人百様です。相談者の状況を十分に踏まえてカードを切ることが必要なのです。
どうか「委任及び任意後見契約」をお考えの方には、先ずは『現場実務に精通した』行政書士等に、時期、状態を踏まえ、何が最善の方法であるか、をご相談頂くことをお勧めします。