不動産の分割協議でお困りの方へ・相続人申告登記制度の活用

 相続人申告登記制度が令和6年4月1日から施行されました。この制度は簡単に言うと、土地建物に相続が発生していること、および不動産について何か事が起こった時の連絡先を登記上明らかにしておくことを目的とした制度です。

 住宅を建てる時や新しく道路を通すためには、予め土地の所有者に了解を取っておくことが必要です。先の東日本大震災のときも、仮設住宅建設や新たに道路を通すとき等に同様の手続きが必要となりました。

 しかし予算が付いて仮設住宅の建設や新しい道路を開通させようと自治体が候補地の謄本を確認した所、所有者が随分昔に亡くなっていた事が判明しました。土地によっては現在の所有者が10名以上に上り、行方が分からない方も多くいることが判明したのです。これでは災害の復旧が迅速には進みません。

 そのため国は令和6年4月から、相続が発生して不動産を取得した相続人に、相続開始から3年以内に相続登記を行うことを義務付けました。令和6年4月以前に発生していた相続についても未登記なら、令和9年3月末までに相続登記の申請を行う必要があります。

 もし申請を行った場合は行政上の義務違反として10万円以下の過料の対象となります。

 しかし、相続で不動産を取得した方が皆さん3年以内に遺産分割協議が終了し、相続登記を申請できる訳ではありません。いろいろな事情で10年以上相続登記が出来ない場合もあります。

 この問題を回避するため新設されたのが「相続人申告登記制度」なのです。

 相続人申告登記制度とは遺産分割協議が終わっていなくとも、相続人の一人が①登記簿上の所有者に相続が発生したこと、②自分が相続人であること、を申し出れば、とりあえず申請義務を履行したものとみなしてもらえる制度です。

 申出を行うと、法務局が登記簿上に申出をした相続人の名前や住所を記載してくれますし、登録免許税もかかりません。

 ただし、売却などを行うときは、きちんと相続人を登記する必要があります。

 相続人同士が今後を話し合う中で、いつの間にか争いとなってしまうことがあります。

第一の原因は、相続人間の意見がまとまらないことです。先ずはお互いの頭を冷やして、円滑な相続を進めるためにも、「相続人申告登記制度」のご利用を考えて頂くことをお勧めします。

相続不動産の名義変更手続きの義務化・相続登記の申請義務化と相続人申告登記について

相続が発生したものの、分割協議が終わっていないので名義変更が出来ていない不動産をお持ちの方も多いと思います。

今までは名義を故人のままにして将来分割協議が成立した後に名義変更を行うことが通例となっていました。しかし、令和6年4月1日以降はそのような対応は出来なくまります。

「相続登記の申請義務」が施行されるからです。

1.相続登記の申請とは

「相続登記の申請義務」とは「相続や遺贈」により不動産を取得した相続人に対し、自己の為に相続の開始があったことを知り、かつ、その所有権を取得したことを知った日から3年以内に相続登記の申請をすることを義務付けるものです。

正当な理由がないのにその申請を怠ったときは10万円以下の過料に処されます。

既に相続が発生している場合も、未登記であれば相続登記の申請義務が課されます。但しこの場合は施行日から3年、令和9年3月31日が履行期日となります。

2.正当な理由とは

正当な理由が認められる類型としては、①相続人が極めて多数に上る場合、②遺言の有効性等が争われる場合、③重病等である場合、④DV被害者等である場合、⑤経済的に困窮している場合、等が挙げられます。

これらに該当しない場合でも、登記官が個別事情を丁寧に確認して「正当な理由」があると判断した場合は認められます。

しかし、「相続登記の申請義務」が東日本震災時に、何世代にも渡って相続登記が行われていない土地等に対して現行法での対応が困難だったことを踏まえて施行されていることを考えれば、相続人が把握できるにも関わらず、兄弟姉妹が多いとか、名義人が先々代の名義のままになっているとかの理由で登記がなされていないことを、「正当な理由」として主張することは難しいものと考えられます。

3.申請義務違反があった場合

申請義務違反があったとしても、すぐに過料が課されるわけではありません。

登記官は申請義務違反を把握すると、先ず相続人に「義務の履行」を催告します。相続人が催告に応じて申請をすれば、過料は課されません。

しかし、催告が行われたにも関わらず「正当な理由」がなく申請をしなかった場合は、裁判所に「過料事件の通知」が行われます。この「過料事件の通知」が行われると、裁判所が過料を科する旨の裁判を行うこととなります。

万一、相続登記の申請を行っていなくても、催告時に申請を行えば過料に課されることはありません。

4.分割協議が完了していない場合

とは言うものの、相続開始後3年以内に分割協議が完了しないケースも少なくはありません。また過料に課されることを恐れて焦って分割協議を行ってもかえってまとまらないケースもありえます。

その場合の対策として「相続人申請登記」の手続きが新設されました。

これは、①登記簿上の所有者につき相続が発生したこと、②相続人の1人が自らがその相続人であること、を登記官に申し出ることで、申請義務を履行したものとみなす制度です。

「相続人申請登記」を受けた登記官は、所要の審査をした上で、申出をした相続人の氏名・住所等を職権で登記します。これは登記簿を見た人が、相続が発生していること、少なくとも相続人1名の氏名・住所を把握できるようにすることを目的とする制度です。云わば連絡先の表示登記と考えた方が良いでしょう。

添付資料は、申出をする相続人自身が、所有権の登記名義人(土地の持ち主)の相続人であることが分る戸籍謄本だけです。登録免許税も非課税です。

何より、複数の相続人がいても特定の相続人が単独で申出が出来、法定相続人の範囲や法定相続分の割合の確定が不要であることは、今後のことについて話し合いが出来ていない相続人にとって、極めて有効な制度と言えます。

もちろん不動産の売却などを行う場合には正式な相続登記を行う必要がありますが、逆に考えれば、「相続人申請登記」さえ行っておけば過料に課されることもなく、売却処分も出来ないということになります。

5.まとめ

現在、日本において所有者不明土地は約410万ヘクタール、九州本島を上回る面積に上ります。そしてその原因の62%が相続登記の未了によるものです。

所有者不明土地は災害発生後の復旧・復興作業にも大きな影響を及ぼします。次世代を担う方々に対する障害を残さないためにも「相続登記の申請」や「相続人申請登記」を積極的に活用することが望まれています。

相続が発生したときに本当に必要となる手続き

相続が発生したとき、多くの方は相続税のことを頭に浮かべる様ですが、相続税を考える前に率先して行うべきことがあります。主な手続きは以下の通りです。

手続き期日主な届出先
死亡届の提出7日以内  市町村
受給者死亡届の提出国民年金14日以内
厚生年金10日以内
年金事務所や
年金相談センター
健康保険・介護保険
資格喪失届の提出
14日以内市町村
世帯主変更届の提出14日以内市町村
公共料金等の名義変更14日前後各契約先
遺言書の確認
相続人・相続財産の確定
相続放棄・限定承認手続き
3か月以内法務局・自宅・公証人役場等
金融機関等
家庭裁判所(必要時)
準確定申告4か月以内税務署
相続税の申告・納付10か月以内税務署

第1のポイントは死亡届の提出、受給者死亡届の提出、資格喪失届の提出、世帯主変更です。

先ず死亡届の提出の提出がされませんと戸籍謄本に相続人の死亡事実が掲載されず、相続手続きは始められません。

死亡診断書で分かるだろうと考えられる方もおられます。これは死亡診断書で保険金の請求が出来ること、年金事務所や役所で死亡診断書の提出を求められることによる様ですが、死亡診断書で手続きを開始して貰えるのは保険会社と役所だけです。

銀行や証券会社、法務局は役所が死亡の事実を確認し、戸籍謄本に死亡日が掲載されない限り手続きに入りません。戸籍謄本に掲載されることで誰が法定相続人となるかが初めて確定するからです。つまり申出人が「法定相続人であること」=「正当な権利者であること」を確認できない限り、銀行や証券会社、法務局は動いてくれないのです。

第2のポイントは相続人と相続財産の確定です。死亡届が提出されれば2週間程度で死亡の事実が掲載された戸籍謄本が出来上ります。あとは相続人である事を証明できる戸籍謄本を取得すれば金融機関から残高証明書を取得する条件が整います。残高証明書が取得できませんと相続を放棄すべきか否か考えることが出来ません。その他、市町村や税務署に地方税や国税の滞納がないかどうかも調べておいた方が良いでしょう。

放棄を行う場合は相続開始から3か月以内に行う必要があり、1回申し出たら撤回することは出来ません。借入金がある場合等は十分に確認する必要があります。

第3のポイントは準確定申告です。これは死亡者の所得税の確定申告で、最低でも年金の源泉徴収票が必要になります。税務署相手ですから期日は厳守です。

以上3つのポイントのキーワードである「死亡届」、「残高証明」、「年金の源泉徴収票」は忘れずに手続きや確認をしておく必要があります。

これら3つのポイントをクリアしませんと、皆さんが心配される相続税について、場合によっては申告する必要があるか否かさえ確認することが出来ないのです。

なお、誤解されている方も多いですが、相続税の申告・納付には「遺産分割協議の作成」や「相続財産の名義変更」は必須条件ではありません。誰が相続するか決まっていないなら一旦法定相続分で相続する事として申告することが可能だからです。

将来、遺産分割協議が完成した時点で、申告をし直すことも可能です。

但し協議確定後4か月以内に行う必要があることは覚えておいてください。

生命保険金を渡すときの条件

銀行が生命保険を販売するようになって以来、窓口で資産運用の1つとして生命保険のセールスや生命保険金控除の紹介をされたことのある方は多いと思います。

「500万円×税法上の法定相続人の数」が非課税限度額として全ての相続人が受け取った生命保険金から控除されること、生命保険金は遺産分割協議の対象とならないので渡したい方に渡すことが出来る事は、よく知られています。

ただ、中には「他の相続人に知られることなく、渡したい方に渡すことが出来ます」等の謳い文句でセールスが行われる場合があります。

確かに生命保険金は遺産分割協議の対象外です。

しかし、他の相続人に知られることなく、となると一定の条件が必要となります。

確認すべき事項は2つです。

1つ目は相続税の基礎控除額です。

相続税の基礎控除額は「3000万円+600万円×税法上の法定相続人の数」で算出されます。

例えば相続人が、配偶者と子2名なら、3000万円+600万円×3名=4800万円が基礎控除額となります。

この場合、相続財産が4800万円以内なら相続税の申告は不要となります。申告不要なら遺産分割協議書が出来ればそれに従って相続財産が分割されます。遺産分割協議書の掲載対象とならない生命保険金は表に出てきません。

ここで気を付けるべきことは「税法上の法定相続人の数」です。

養子がいれば法定相続人の数に加算できますが、加算可能な養子の数は、①実子がいるか、実子がなく養子が1名の場合は1名、②実子がなく養子が2名以上である場合は2名となります。

相続人が配偶者と子2名で、養子が2名いた場合なら、上記①のケースに該当するので、税法上の法定相続人の数は5名ではなく、4名(配偶者、実子2名、養子1名)となります。

また、相続放棄があった場合もなかったものとして法定相続人の数を数えます。例えば相続人が配偶者と子1名、被相続人の両親はおらず、その代わり被相続人に兄弟姉妹8人がいる場合。仮に子が相続放棄をした場合、民法上、法定相続人は配偶者と兄弟姉妹の合計9名となります。しかし、税法上は放棄があってもなかったものとして考えますので、放棄前の数が採用され、法定相続人は2名となります。

2つ目は、生命保険金が「みなし相続財産」となることです。つまり本来の相続財産ではないものの、民法と違い相続税法上は相続財産とみなされて課税対象となるのです。

「500万円×税法上の法定相続人の数」が生命保険金の非課税限度額となることは既に示した通りです。つまり本来の相続財産とみなし相続財産の合計が基礎控除額+非課税限度額に満たない場合は申告不要となる可能性がありますが、限度額合計を超えると確定申告が必要となり、特に生命保険金は誰が幾ら受け取ったのか申告書に明記されますし、申告時には相続人全員の同意が必要となるのです。また、生命保険金の非課税限度額は相続人が受け取った保険金にしか適用されません。

ここで例として、相続人が配偶者と子2名の計3名、相続財産が4500万円の土地建物と相続人あての生命保険金1000万円の合計5500万円の場合を考えてみます。

相続税の基礎控除額は3000万円+3名×600万円=4800万円となります。

生命保険金非課税限度額は500万円×法定相続人の数3名=1500万円となります。

控除額合計は6300万円となり、各相続財産は基礎控除額、非課税限度額内に収まり、申告不要となります。

しかし、仮に生命保険金のうち500万円の受取人が法定相続人である子、残りの500万円の受取人が法定相続人でない方(例えば被相続人の母)だった場合は結果が違ってきます。

相続人である子への保険金は非課税限度額の対象ですが、相続人でない母への保険金は対象とされません。

そのため課税価額は土地建物4500万円+母への保険金500万円=5000万円>基礎控除額4800万円となり、相続税の申告が必要となり、遺産分割協議書には記載されないものの、相続税申告の段階で他の相続人に知られる可能性が出てきます。

以上のように、金融機関のセールストークの中には一定の要件が整っていなければ成立しないにも拘わらず、説明担当者の理解不足等により十分な説明のないまま案内されるものもあります。

ご自身の亡き後の事をご検討される場合は、セカンドオピニオンとして税理士やFP等をご利用頂き、確認や検証をしておくことをお勧めします。

生前贈与加算の改正と老後の暦年贈与活用

贈与税の暦年贈与非課税枠の利用を考えている方にとって2024年1月1日からの生前贈与加算改正は確認しておくべき事項です。

ここでは改めて贈与税の暦年贈与非課税枠を利用するときの考え方を見直してみます。

1.生前贈与加算の改正

従来、相続開始前3年間に発生した贈与は、相続が発生した場合は相続税額計算上、課税対象として扱われてきました。

贈与税は暦年贈与非課税枠を設け、受贈者当り年110万円以内の贈与は非課税とされていますが、相続開始前3年以内の贈与は相続税の対象とされてきた訳です。つまり、過去10年間毎年110万円の非課税贈与を行っていたとしても、相続が発生すれば相続開始前3年間の贈与は相続税の対象とされ、非課税で贈与できた金額は7年分の770万円という事になります。

今回の改正では生前贈与加算の対象が3年から7年に変更されます。

2024年1月1日に施行され、26年12月末までは3年間、27年12月末までは4年間、28年12月末までは5年間、29年12月末までは6年間、30年1月1日以降は7年間の生前贈与加算とすることで完成となります。

仮に23年1月から10年間、毎年110万円の非課税贈与を行って、33年に相続が発生した場合、7年分770万円が生前贈与加算され、非課税で贈与できた金額は330万円となってしまうわけです。

これでは今更、生前贈与を行っても意味がない、と考える方もいるかも知れません。しかし家庭の資金繰りから見ると別の有効性が見えてきます。

2.生前贈与の本当の有効性

ここに770万円の預金を持つ高齢者と一人息子がいます。仮に相続税の計算上、非課税枠は0とします。暦年贈与を行わないまま4年が経ち、高齢者が痴呆症になってしまいました。入院費は年100万円かかります。

痴呆症で意思疎通が出来なくなると、金融機関は預金を凍結します。親の口座から入院費は引き出せなくなります。3年後、高齢者は亡くなり、770万円の預金が残りますが、息子は3年分の入院費300万円を立て替えています。これは負の相続財産として認められます(※)ので相続税の計算をする際は770万円-300万円=470万円が課税対象となります。

(※)負の財産と認められるには息子が立替を行っていた事を証明できる領収書やメモ等の記録が残っていること、親の治療費を息子の医療費控除分として申告していないこと等の要件が必要となります。

今度は110万円の贈与税暦年贈与非課税枠を利用していた場合を考えてみます。年110万円の贈与を4年間行った後、高齢者が痴呆症に罹ります。以降は意思確認が出来ないため預金の払出は出来ません。しかし息子の手元には440万円があります。高齢者は3年後に亡くなり、330万円の預金が残っていますが、息子は300万円の入院費を立て替えてます。相続税の計算上、330万円+440万円-300万円=470万円が課税対象となります。

生前贈与してもしなくても470万円が課税対象となるわけで、違いはありません。

しかし、生前贈与をしていなかった場合、300万円は全て息子の手元資金から充てなければなりません。相続開始後に回収できるものの、当面自由にならない資金が300万円+親の預金770万円=1,070万円となるわけです。

一方、生前贈与を行っていた場合、入院費は生前贈与分440万円から充当できます。3年後高齢者が亡くなった時も手元には140万円残っています。自由にならない資金は高齢者の預金330万円だけだったわけです。

1,070万円と330万円の差は資金の効率的な活用を考えると小さなものではありません。

高齢者が入院した場合、「入院費をどうするか」が多くの家庭で問題となります。

大抵の方は、親がまだ介護が不要な時に「親が亡くなった時」の相続税の心配をされます。しかし、相続の前には「介護」があります。大抵の方はこの点に気付かず、親の介護に直面したときに大変な苦労をされるのです。

ご本人の意思表示が困難になった場合、ご本人の預金からの払出は出来なくなります。相続税を考える前に「介護のことも考えて贈与税の非課税枠を利用する」という事こそ、老後の暦年贈与非課税枠利用を考える上で必要な視点なのです。

そして、必ずFPや税理士等に相談してみる事をお勧めします。きっと力になって頂ける事と思います。

法定相続人 意外と知らない民法と相続税法の違い

相続税の非課税限度額は法定相続人の数が多いほど大きくなります。

ならば養子を増やせばその分法定相続人が増えて非課税限度額も多くなるから相続税を免れることが出来るのでは?このような理由から養子縁組を考える方もいらっしゃるようです。

相続税法上、「3,000万円+600万円×法定相続人の数」で算出されるのが相続税法上の非課税限度額です。法定相続人が配偶者と子2名の場合、3,000万円+600万円×3=4,800万円となります。

では、法定相続人が配偶者と子2名で相続財産が6,000万円の場合、養子を2名とったらどうなるでしょう?法定相続人の数は5名となります。非課税限度額は3,000万円+600万円×5=6,000万円となり、相続税はかからないのでしょうか?

相続税法上、法定相続人の数に加算される養子の数は次のように定められています。

・実子(自分の子)があるとき、又は実子がなく養子が1名のとき・・・1名

・実子がなく養子が2名以上であるとき            ・・・2名

つまり配偶者と子2名がいる場合、仮に養子を2名とったとしても、実子がある場合に該当し、税法上加算されるのは1名となり、法定相続人は4名、非課税限度額は5,400万円となります。

他方、養子にも民法上の法定相続分はありますので、法定相続分に従った遺産を請求される可能性があります。仮に遺言書で養子に残す遺産を0にしても、遺留分侵害額請求権(最低限の遺産を受ける権利)が行使されれば法定相続分×1/2の遺産を渡さなければならなくなる可能性もあります。

同じ「養子」や「法定相続人」という言葉を使っていても民法と相続税法では取扱いが異なる場合があります。万一、相続税の削減を目的に養子をとられることをお考えなら、ご注意頂くことをお勧めします。

相続放棄の影響と留意すべきこと

「この預金は息子が放棄すると言ってくれたから自分の預金として手続きが出来る」

他の相続人が放棄すると言ったのであとは自分一人で全て手続きが出来ると考えがちですが、所定の手続きを行わないと思わぬ問題が発生する場合があります。

第1講 相続放棄の影響による問題

相続放棄が成立すると、その相続人は初めから存在しなかったものとされます。

亡くなった方に借入金がある場合、相続放棄すれば良い、と言われるのはこのためです。

つまり相続放棄によって初めから存在しなかったものとして扱われますので財産を受け取る事がないという意味で、借入金も相続財産として受け取ることがなくなるわけです。

例を挙げて説明します。

(事例1)

Aが亡くなり配偶者Bと子2名C、Dの計3名が相続人となる場合です。

このとき、子Dが相続放棄をすると、相続人はB、Cの2名となります。

子Dに子供Eがいたとしても、Dは初めから存在しなかったのですから相続権がEに移ることもありません。

その結果Aに借入金があった場合、それを相続するのはBとCだけで、DやEには一切関係ないものとなります。

問題は、相続権が思わぬ方に移る事がある点です。

相続権は

第1順位者:配偶者と子

第2順位者:配偶者と父母

第3順位者:配偶者と兄弟姉妹

の順で取得され、例えば子と父母(第1順位の人と第2順位の人)が相続権を取得することはありません。先ず第1順位の人、第1順位の人がいなければ第2順位の人という具合に移って行きます。

なお配偶者は常に相続人となります。

次に相続権の異動の例を挙げてみましょう。

(事例2)

Aが亡くなり、配偶者Bと子2名C、Dがおり、更にAの実母Fが存命している場合です。

放棄がなければB、C、Dの3名が相続人となります。

仮にAに借入金があり、Bが一人で借入金を背負うつもりで子2名に相続放棄をさせたとします。この場合、C、Dは初めからいなかったこととなり借入金を相続することはありません。しかし、そうするとAには初めから子がいなかったこととなり、相続は第2順位の状態で発生したこととなりますので、Aの死亡により相続人となるのは配偶者Bと実母Fになります。

実母であるFならAの借入金の相続も仕方ないと、ご了承されるかも知れません。

では次の事例はどうでしょう?

(事例3)

Aが亡くなり、配偶者Bと子C、Ⅾがおります。

Aの両親は既に亡くなっています。ただ、Aには亡くなった兄Eがおり、Eには子F(Aの甥)がいるとしましょう。生前疎遠だったことからBはFとは年賀状も交換していません。

事例2と同様、Aには借入金があり、Bは自分一人で借入金を背負うつもりで子C、Dに相続放棄をさせました。この場合、C、Dは初めからいなかった事となり借入金を相続することはありません。

しかしそうなるとAは死亡時、配偶者はいるが子はおらず、両親もいなかった事となり、相続人は配偶者Bと兄E、但しEは亡くなっていますので子のFが相続人となります。

貸出先である銀行はC、Dの相続放棄を確認すれば、配偶者Bに借入金の今後の取り扱いを相談すると共に、相続人となったFにご案内文書等で通知する事となります。

Fも突然の通知に困惑し、場合によっては弁護士に相談し、その弁護士から今度はBに連絡が入るかも知れません。そうなったら泥沼です。もはや親族同士では解決できなくなり、事態は複雑化し、とんでもない争族に発展する可能性もあります。

仮にFが銀行からの文書を理解できず放置していたら、相続放棄出来る期間が経過し、知らないまま債務者になっているという可能性もあります。

以上、相続放棄の影響によって生ずる問題の事例を挙げてみました。放棄の影響を認識していないと、取り返しのつかない事態が生ずる恐れもあるのです。

第2講 相続放棄の手続きによる問題

相続放棄は相続人が「放棄する」と言っただけでは効果は生じません。

相続人が家庭裁判所に申請し、受理されることが必要です。

申請できる期間は、自分が相続人となったことを知った時から3か月以内です。

例えば父が亡くなると、子は相続人となりますが、父が亡くなったことを知っていたのに相続人になっている事は知らなかった、等の理由は家庭裁判所には通用しません。

何もせずに3か月経過してしまえば、子は相続となってしまいます。

注意すべきは相続放棄すると言った相続人が、家庭裁判所への申請が必要ある事を知らなかった場合です。

相続放棄は申請期間内に家庭裁判所に受理されて初めて効力が発生します。何もしなかった場合はそのまま相続したものとなります。

例えば相続財産が銀行預金と不動産で、相続放棄の申請を忘れていた場合、放棄を忘れた相続人も相続人として手続きが求められます。借入金の場合も同様です。亡くなった方が例えば住宅ローンの保証人だった場合、保証債務も相続財産として、相続人としての手続きが求められます。

終講 まとめ

相続放棄は相続人本人が申請するものです。申請を忘れることは本人の問題ですが、いざとなると「前もって放棄すると言っていた」「申請が必要とは知らなかった。知っていたのに教えなかったお前が悪い」等とおっしゃって、思わぬ争族に発展することもあります。

申請は個人の問題というものの、その後の影響を考えれば、お手続きについての認識や進捗管理は、相続人同士の十分な意思疎通や注意が必要となります。

なぜ一連の戸籍を要求されるのか?

「名義人が生まれてから現在までの戸籍謄本を準備してください。」

「亡くなった方のお父様とお母様が成人してから、ご本人が亡くなるまでの謄本をお願いします。」

自分の戸籍を見れば、自分が相続人である事はわかるではないか?と思われる方も多い事と思います。なぜ金融機関は相続手続き等を行うときこのようなお願いをするのでしょうか?

まず戸籍謄本についての用語を確認します。

戸籍とは:国民の身分関係(出生、婚姻、死亡、親族関係等)を登録し、公に証明するための公簿

筆頭者とは:戸籍の最初に記載されている者

本籍(地):戸籍の所在場所

戸籍謄本:公簿に記載されている全ての者の記録。戸籍全部事項証明のこと。

少し言い換えてみましょう。

先ず、筆頭者ですが、その戸籍の代表者と考えてください。戸籍はお父様やお母様等の代表者単位で作られています。

筆頭者が、戸籍を置く場所である本籍地を管理する役所(市区町村)に申請することで戸籍が作られます。

戸籍が作られると役所は戸籍に記載されている方から、出生、婚姻、死亡等家族についての届出を受け付ける毎に戸籍にその事実を記録して行きます。これは本籍地がその役所の管轄外となるまで続きます。

役所は本籍地が自分の管轄内にある間は家族について届けられる度に内容を戸籍に記録しますが、管轄から離れた後や、管轄となる前のことは記録しません。管轄を離れた届出内容は、新たに管轄することとなった役所が、新たに作った戸籍に記録して行きます。

この他にも近年では届出の有無に関わらず、戸籍の様式が変更となったことを理由に本籍地管轄役所内で新しい戸籍が作成されています(戸籍の改製と言います)。改製があったときは、改製日前の届出は改製前の戸籍に、改製日後の届出は改製後の戸籍に記録されるため、一連の戸籍を請求した場合、同じ役所から2つの戸籍謄本が発行されることとなります。

つまり戸籍は

①生まれたときに親が役所に届け出た記録が載っているもの

②結婚など筆頭者の届出により作られたもの

③本籍地を管轄する役所が変わったためつくられたもの

④役所の都合上作られたもの   

等があり、各役所は受領した届出を、受領したときに管轄している戸籍にのみ詳細に記録しています。

そのため、相続手続き等を行うにあたって、司法書士や金融機関はその方の一生の間の身分関係を確認し、同意を得るべき権利者から同意を得られているかを確認するため、一連の戸籍を確認する必要があるのです。

相続預金の払い出し 仮払い制度とその課題

「相続手続きには時間がかかる。でも急ぎの支払がある」

このような時、司法書士や弁護士の先生から仮払い制度を紹介される場合もありますが、その内容を十分ご理解頂いている先生は少ないようです。ここでは仮払い制度の利用を考える場合の留意点をご紹介します。

第1講 相続預金の仮払い制度とは

 相続預金の仮払い制度とは平成30年の相続税法改正によりできた制度で、各相続人が1つの銀行で150万円を限度に被相続人(「亡くなった方」)の預金を単独で払い出しできる制度です。

それまで家庭裁判所に預金の仮分割の仮処分を申し立てなければ単独での払出は出来なかった事を考えれば、相続人が単独で、家庭裁判所への申立も不要という点で便利な制度のように見えますが、利用にあたっては考えておくべき課題があります。

第2講 利用上の課題

1つは、支払可能額です。支払上限は相続人一人に対して各行150万円ですが、これはあくまで上限です。正確には下記の通りとなります。

●仮払い可能額の算出方法

①その銀行にある被相続人の預金残高×1/3×申出人である相続人の法定相続分

②上限150万円

上記①、②のうちいずれか少ない金額

具体的な金額で考えてみます。仮にA行にある被相続人の預金残高が150万円、相続人は配偶者と子の計2名とします。この場合、法定相続分は配偶者1/2、子1/2です。子が仮払いを希望したとすると、

①A行残高150万円×1/3×子の法定相続分1/2=25万円

②上限150万円

となり、仮払い可能額は25万円にしかなりません。

150万円を利用したいなら、

900万円×1/3×1/2=150万円となる事から、900万円以上の預金残高がある銀行1先に申し込むか、残高900万円未満の銀行数先に申し込みを行う必要があります。

つまり「利用に当たっては各行の残高と支払可能額を確認してからでないと必要額を確保できない可能性がある」ということです。

第3講 手続き上の課題

もう1つは、仮払い制度を利用するには相続人である事を証明する必要があるという事です。

証明には最低でも被相続人の方が生まれてから亡くなるまでの一連の戸籍が必要となります。銀行によってはその他に保管制度遺言や公正証書遺言がない事の証明等を要求する場合もあります。

つまり「利用にあたっては実際の相続手続きと同程度の事務負担があると考えた方が良い」ということです。

終講 まとめ

以上の通り、仮払い可能額や手続き上の負担を考えると、相続人の人数や状況次第では、相続手続きに入り、相続人全員の同意の下、代表相続人の口座に入金依頼を行った方が楽だったという場合もあります。

相続人全員の了解を得られているが、全員の署名捺印や一連の戸籍の取得に時間がかかる等の事情がある場合に限りますが、少額預金の場合は銀行によって、例えば申出人が配偶者や子である事を以下の書類で証明できれば、申出人1名のみの手続きで解約手続きが可能な所もあります。

①亡くなった方の死亡日の記載のある戸籍謄本

②申出人との続柄が分る戸籍謄本

 申出人が亡くなった方の子なら、申出人の戸籍謄本を取れば父母の欄に亡くなった方のお名前が載っています。申出人が配偶者なら上記①の戸籍にご自身のお名前が載っています。

以上の戸籍があれば第1順位の相続人であることが確認できますので銀行への相談には問題ありません。

 少額預金の取扱金額は各行まちまちですが、残高が50万円から100万円程度なら少額預金として対応頂ける銀行もあります。

 無論、他の法定相続人に断りもなく行ったとなりますと、禍根を残すことにもなりますし、最悪裁判沙汰になる可能性もあります。先ずは他の相続人の皆様と相談されて、同意を得た上で、直接銀行あて連絡し、ご事情等をお話し頂くと共に、出来るだけ簡単な手続きを希望される事をご相談頂くことをお勧めします。